- TOP
- Venezuela Analisis
- マドゥロノミクス~豚の貯金箱を壊す時がきた?~
マドゥロノミクス~豚の貯金箱を壊す時がきた?~
2017/06/29(2016年6月執筆)
日本でも一般的な豚の貯金箱。
ベネズエラでは豚の貯金箱を見かける機会は日本よりも多い。
2016年4月にミゲル・ペレス・アバッド経済担当副大統領とアリストブロ・イストゥリス副大統領が同じ発言をしました。『豚の貯金箱を壊す時がきた』です。
両者の言いたいことは同じ。以下、アリストブロ・イストゥリス副大統領がテレビでのインタビューで発言した要旨を日本語で紹介します。
番組名『エルネスト・ビジェガスの7つの質問』(テレスール)
現在のベネズエラの置かれている状況では、ドルを持つ者は自分の豚の貯金箱を壊さなければいけない。国外にドルをもっている全ての人は国内への投資のため持ってくるべきだ。原油価格は下落した。外貨は80%減っている。我々は一致団結しなければならない。団結を求めている(一部省略)。
多くの企業家が国外にドルをもっている。そして、生産のためにそのドルを国内へ持ち込んでいる。ドルを国外に多くもっているのにもかかわらず、政府が外貨を与えないから生産ができない、というのはおかしい(民間大手食料メーカー『ポラール社』のことを意味している)。彼ら(ポラール社)よりも、ドルを持っていないにもかかわらず、国の発展ためにドルを投資している企業家がいる。
ベネズエラは高インフレに苦しいでいる。‘Dolar Today’(並行レートがかかれたウェブサイト)などに誘発されたものだ。‘Dolar Today’を通して国外からボリバル通貨を攻撃している。これがインフレの原因の70%を占めている。この攻撃はマイアミから発せられ、コロンビアのククタ(ベネズエラと国境を接するコロンビアの町。ここでボリバル通貨とコロンビアペソの両替が行われている。この地域で取引される為替レートは『ククタレート』と呼ばれる)を通ってベネズエラにくる。米国、コロンビアには全く影響がないが、ベネズエラには被害をもたらしている。
現在ベネズエラに起きていること(原油価格の下落)は、ベネズエラ国内の経済生産性を向上させるのに好機ととらえることができる。多くの生産者にそのように認識してもらわなければいけない。
同時に、生産性を向上させるため生産と利益を考慮に入れた新しい価格決定システムの構築をしなければならない。
(インタビュー抜粋終)
では、民間部門はどの程度外貨を国外に保有しているのでしょうか。ベネズエラ中央銀行は対外資産負債表を公表しています。15年第3四半期までの数字は以下の通りです。
上表を簡単に説明するとベネズエラは公的、民間部門合わせて対外資産は2,655億ドル。対外負債は1,167億ドル。収支でみると1,488億ドル(2,655億-1,167億)の対外資産保有国になります。
この対外資産と対外負債を公民の部門別でみると両者は大きく状況が異なっています。公的部門が保有する対外資産は953億ドル、対外負債は939億ドル。資産と負債は相殺されてほとんどゼロ。
一方、民間部門が保有する対外資産は1,703億ドル、対外負債は228億ドルで1,475億ドルの対外資産超です。特に現・預金の項目が異常に多く1,602億ドルとなっています。
この手の統計は正確性に疑問がありますが、少なくともベネズエラ中央銀行はそのように認識しており、且つ数字に誤差があっても民間部門が外国に資産を保有していることは正しいように思えます。
前述の通り政府は民間企業が国内へ投資するよう求めていますが、民間企業がベネズエラへ投資を行うには大きな障害があります。1つは政府への信用、もう1つは為替制度、もう1つは価格統制です。
<中小企業連合会を通した経済活性化>
民間セクターの政府への不信感は長年蓄積されてきたものです。短期的に回復させることはできません。企業連合会フェデカマラなどは政府の敵の代表格のように扱われており両者の溝は深い。
一方で、政府と比較的良好な関係を継続している企業団体フェデインドゥストリア(中小企業連合会)があります。
ミゲル・ペレス・アバッド経済担当副大統領が今の役職に就く前はフェデインドゥストリアの代表でした。当時から現政権に近い企業団体として知られており、アバッド氏はマドゥロ大統領の経済アドバイザーとして活躍していました。同団体の会合には政府閣僚もよく出席しており、政府は関係が良好なフェデインドゥストリアを通して民間の投資活性化を図ると思われます。
<民間部門の為替レートはSIMADIへ移行>
フェデインドゥストリアのオルランド・カマチョ現代表は加盟企業に対してDIPRO(1ドル10ボリバル)は食料品や医薬品にのみ適用されるレートで、その他の分野はSIMADIへの移行するよう積極的に訴えています。彼が独断で訴えているのではなく、政府からそう訴えるよう指示されているはずで、政府の意思をうかがうことができます。
民間部門が国外に保有している外貨をベネズエラの投資のために使用するに当たり大きな障害が為替レートです。
2016年2月まではSIMADIでドルを国内に持ち込んでも1ドル200ボリバルでした。一方で並行レートは1,200ボリバル。
1ドル200ボリバルの為替レートではドルを国内に投資するのがためらわれます。一方で現在のSIMADIレートは1ドル618ボリバル(2016年6月27日時点)まで下落しています。SIMADIレートの下落を受けて、並行レートも一時の1ドル1,200ボリバルから1ドル1,050ボリバルくらいまで上昇しています。
このままSIMADIレートが下落を続けるのであれば平行レートとSIMADIレートが一致する可能性も否定しません。その時にはベネズエラ国内に自身の外貨を投資しようとする民間部門がいても不思議ではないでしょう。SIMADレートの外貨流動性が確保された場合、長期的に見ればSIMADIレートが上昇する可能性もあると思います。
いずれにせよ、政府は今までのようにPDVSAが稼いできた外貨を民間企業にばらまく余力はありません。そうであれば、民間企業が持っている外貨を使ってもらうしかなく、そのためにSIMADIを平行レートに近づけることが必要だと政府(少なくとも今の経済閣僚)は理解しているはずです。だからこそSIMADIをボリバル安に誘導していると思います。
なお、政府は現在ベネズエラ企業が国内で生産し、外国へ輸出するよう求めています。今のところ輸出で稼いだ外貨の40%はSIMADIレートで中央銀行に売却することが義務付けられています。2015年当時は輸出外貨の40%を1ドル200ボリバルで売却する必要がありましたが、これが1ドル618ボリバルであれば当時より輸出インセンティブが働きます。
また、ヘスス・ファリア貿易外国投資相は輸出で得た外貨について、自社の国内向け設備投資に充てることを条件に自社の裁量で外貨を全額使用することができるように制度を変更しようとしています。これもベネズエラの企業の自活を奨励する政策の一つと言えます。
<価格のコントロールが一番の課題>
SIMADIレートで原材料や資材を輸入し生産をすれば、今までよりもボリバル建てで調達コストが上がるため、商品価格の高騰ことは避けられません。また、SIMADIレートは違法レートではないのでSIMADIレートで価格建てした商品は違法ではありません。政府自身が値上げを容認していることになります。
政府は貧困層に必要な食料品、医薬品の輸入はDIPROを続け、彼らが生きられる最低限の食品を提供することになるでしょう。ただし、価格のゆがみは転売業者(バチャケロ)を生み出します。最近ではバチャケロ対策として貧困層の家庭に直接食料品を配るという荒技をCLAPという組織を通して実施し始めました。食料が必要な貧困層に必要な分だけ直接提供するのであればバチャケロの入る余地がありません。とはいえ、CLAPは汚職が起きやすい配給構造になっており、効率的な財の配分を達成するのは簡単ではありません。
政府は民間企業の投資を求めるものの、まずは『為替レートの是正』と『価格コントロール』の問題を解決する必要があります。